ふと、さまざまなお話を観ていて感じた、最も基本的なことを書き出したくなったので記事を書きました。
特に特別なことを書いているわけでは無く、自分がどういうところを前提としてヒーロー番組などの物語を観ているかと言う話。(うまく伝わるかはわかりませんが……)
まぁ、ポエムですね、ポエム(苦笑)。
ヒーロー、あるいは正義の味方は悪党をやっつけるからヒーローなのではない、と僕は考えます。
確かに、ヒーローのアクションシーンはヒーロー番組で一番の見せ場です。
なんなら、僕もそれが一番楽しみでヒーロー番組を観ていると言っても過言ではありません。
しかし、アクションと言うのはつまり戦闘行為であり、行為そのものには正義性は宿らないのです。
……うん、分かりやすく言い直しましょう。
戦ってるところ”だけ”を切り取るとそれただのケンカとかわらねーじゃん。
だからこそ、大切なのがアクションに入る前のドラマパートです。
戦い以外の場面で、ヒーローの正義漢ぶりや悪党の恐ろしさをアピールすることは、僕たちが普段思っているよりもずっと大切なことなのだと思います。
これは、意識をしていないだけで、ヒーロー好きは老若男女問わずみんな知っていることなんじゃなかろうかとも思います。
たとえば、『レッドマン』と言うミニ番組はそれこそレッドマンと怪獣が戦っている場面を流しています。その結果、レッドマンはファンから『赤い通り魔』なんて呼ばれていたりしています。つまり、レッドマンにはドラマパートが無いため、レッドマンと言う人物がどのような正義のもとで戦っているのかファンはピンと来ない(来づらい)のです。
あるいは、『仮面ライダー』シリーズにはキチンと怪人を倒していても、性格に難点があることから、あまり正義の味方とは呼ばれないライバルライダーがしばしば登場します。
そして、こうしたヒーローたちは、カッコよく敵をやっつけるという一点においてはしばしば主人公のライダーよりも『しっかりしている』ことが多かったりします。喧嘩っ早いとも言う(笑)
つまり、アクションシーンは番組の『お楽しみ』であり、ヒーローの正義性とは関係が無いのです。
ここでいう正義性とは、「この人は良い人だな」と思うところのこと。
具体例として『アンパンマン』を挙げましょう。
『アンパンマン』のお話は、多くの場合ばいきんまんが悪さをしてアンパンマンがそれと戦い、やっつけます。
しかし、アンパンマンの生活の中で、ばいきんまんと戦っている時間は決して多くないでしょう。
アンパンマンが普段何をしているかと言えば、お腹をすかせた人々にパン(自分の顔)を配ると言う『いいこと』をしています。
そして『アンパンマン』世界の住人は、アンパンマンがばいきんまんをやっつけるからでなく、彼が空腹の人に手を差し伸べる善い人だから、彼を正義の味方だと思っているのです。
そのほかのヒーローも同様でしょう。社長でヒーローの仮面ライダーゼロワンは社長として働いている時間が多く、その時に現れる誠実な姿が、社長秘書イズをはじめとする者たちの信頼を勝ち得ている(はず)です。
『魔進戦隊キラメイジャー』でも、キラメイレッドがキラメイグリーンからリーダーとして信頼を勝ち得たのは、戦うこととは異なる場面でした。
こうした場面は、アクションシーンとは直接関係する場面ではありません。
しかし、こうした場面があるからこそ、僕たちは、ヒーローを応援するのだと思います。
たとえ悪役がヒーローよりも格好良かったとしても。
そんなこと言っても、どうせ明日には戦闘シーンにしか目が行ってないんだろうなぁ、とは思いますが(苦笑)
よく言うように、大切なことはなかなか目に着かないのかもしれません。