ムソウノカキオキ

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劇場版FGOキャメロット後編』感想!~今回もとても美しい物を観た~

 

 『 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-後編 Paladin; Agateram』を遅ればせながら、観てまいりました。

(以下、ちょっとネタバレ入ります)


 最初に、前編の時にし損ねた話として、『原作ゲームにいて、劇場版で不在だったサーヴァント』の存在は大きな意味がある、と感じています。
 俵藤太=食料担当の不在は、今日の食事にも困る現地住民の切迫感を強調。
 百貌のハサン=集団担当の不在は、『多勢に無勢』と言う主人公サイドのピンチを強調。実際の戦力はともかく、サーヴァントがたくさんいるように見える百貌さんの宝具は、ビジュアル的に『強すぎる』。
 今回のシャーロック・ホームズの不在は、ホームズの担っていた役の一部をベディヴィエールに託すことで、彼が前に進んだこと、そんな彼から真名を受け取ったマシュ・キリエライトの思いの深まり……と言ったドラマを生み出す効果が大だったように感じます。

 前編が丁寧に世界設定を描いて行ったのに対し、今回はかなり大胆な構成。
 と、言ってもせわしないわけでなく、説明パートやプロセスの部分を大胆にカットして、最終決戦の描写へ贅沢に尺を使った感じ。
 「俺たちはとにかく最終決戦に尺を全振りしたいんだ!」と言う製作スタッフの叫びが聞こえてくるよう。
 その分、良くも悪くもくどくどと説明してくれません。
 冷静になって考えると、エモーショナルな部分では納得できる物の、ラスボスの獅子王がなぜ倒れてくれたのかも説明が無かったりします。(ゲームだとどうだったっけ……。今度マテリアル読み返しましょう)
 とはいえ、ベディヴィエールの思いや決意と言った要の部分は十分すぎるほど描写されていたので、さほど説明不足と言う印象は受けませんでした。


 最終決戦では、場面によって敢えて作画表現が変えられている部分が多々ありました。
 まるで、パートごとに漫画家さんの違うコミカライズ作品を読んでいるような感覚。
 複数のアーティストが関わるのが普通のアメリカンコミックの方が近いのかな?
 
 アーティスティックな表現をされたランスロットVSアグラヴェイン戦など、シーンによってかなり雰囲気が異なり、「アニメってこんなに自由で良いものなんだ!」と目が覚めた心地でした。
 しかし、VSアグラヴェイン戦は、ゲームでも大概でしたけど、映画では悲壮なピアノ曲までついて、昼ドラ感が倍増しでしたね。
 真面目な話、ここに限らず、キャラの心情に寄ったBGMの使い方が素敵でした。

 印象をまとめると、前編は”良い意味でお上品な映画”。
 『キャメロット』が映像化するとこうなるのか!と言う驚きや、作品世界をさらに深掘りした映像が刺さりました。
 対して、この後半は、”良い意味でお上品でない映画”。
 「そういうのは前編で十分やったでしょう?って言うか観たいのはベディ!エモ!バトル!じゃん!!」とばかりに勢いのある展開。
 細部まで原作ゲームに忠実にしたり、全編にわたって統一感のある作画をすることよりも、それ以上の盛り上がることを選ぶ大胆さ。
 いずれも、とても美しいものでした。